【創業50周年企画2-1】
この物語は、希代の商売人である先代社長(現会長)が大阪から帰って来る所から始まります。
ところで、このブログでも度々、登場する「物語」というキーワードですが
今回は「ドキュメンタリー」に近いニュアンスです。
ちなみに、なぜこの言葉を僕が好んで使用するのか?というと、僕たちの手が届く範囲の世界のほぼ全ての現象は「物語」として捉えた方が解きやすい、と思っているからです。
映画や書籍に限らず、ニュースもショート動画もSNSも音楽も僕のコトが嫌いなあの人も人生も、です。
その事象を取り巻く背景、状況、前後関係といった文脈が見えてくると「わかるぅー」ってお話しです。
(あ、名探偵がいないんで解決はしません!理解が深まるだけ 笑)
つまり、今の「八雲テント」を深く知ってもらうためにも
この50年の「物語」を紐解く必要があるワケです。
話を戻します!
帰ってきた会長は、テント生地を縫うミシン1台から事業をスタートさせました。会長が修行した大阪の業界では、生地を縫う会社、骨組みをつくる会社、塗装をする会社、と分業制が主流でしたが、地元で後発だった会長は
「テントの骨も自分たちでつくった方が良いがな!」と溶接のできる職人さんを集め
「塗るのも自分たちでできたが良いわな!」「取り付けも、ワシらがっしょでやっちゃぁわ!」と仲間を揃え工場も大きくしていきます。
このあたりから、八雲テントの「自社で全て完結する」という風土ができあがったのだろうと想像しています。
そんな、なんでも自分たちでつくっちゃう八雲テントに、ある日「働くくるま」を扱うディーラー様から相談が入ります。トラックの荷台にかける保護シートや、座席が汚れないようにするカバー等の製作で、おつきあいはあったのですが、その相談内容は
「…幌車をごめたでつくれん?」
といったものでした。
元々、ディーラーの純正オプションとして幌車のキットは存在していたそうです。しかし、この山陰という雪が降る地域においては、その既製品はあまりに脆く、弱々しいつくりでした。これではお客様のご要望にそえない…と、ディーラーの営業さんも頭を抱えておられたようです。
その山陰において、屋外で使用する頑丈な生地を縫えて、テントの骨組みもつくり、塗装までこなせる技術力をすでに持っていた、わが社です。
親和性の高いこの要望に、見事に応えることによってその後、八雲テントは【架装業】というニッチで熱い界隈へと本格的に参入していくことになります。
とはいえ、動かない建物に据え付けるテントとはわけが違います。幌車に限らず架装業とは、エンドユーザー様の「職種」「使い勝手の良さ」「好み」を反映させながら、常に振動する「働くくるま」のパーツをゼロからつくり出すお仕事です。
法定内の規格に合わせることは大前提。その上で、強度を担保するのに、溶接にするのか、ボルトオンにするのか、はたまた別の方法を用いるのか…その選定には、想像を絶する苦労があったそうです。
より長く安全に使用していただくための材質やサイズの見極めも含め、技術の研鑽は今なお続いていますが現在、一定の信頼を得るまでに至った…といったところでしょうか。
さて、今回のお話しをしめくくるにあたって、僕が強い衝撃を受けたリリックを紹介させてください、それは…
どうせ人生は打ち切りでしか 完結しないよ 次回作なんて考えんなよ
…です。
主演:自身の物語も今作限りだとするのであれば、皆さんならどう生きますか?という珍しくシリアスな問いを投げかけて
(つづく!) と思う



